2017年10月12日木曜日

句会報 第28回

自由律俳句をはじめて9年になるが、
様々な俳人に出会い、様々な句会に参加をし、様々なボツ原稿も書き進めてきた。

この度、気が付くと私は、俳句の道を進めていく上で、
「社団法人 日本研ぎ文化振興協会」なる活動に参与せねばならない問題が浮上してきた。

ある時は、検察審査会に出席し、ある時は山村に潜り、ナタを振り回しツタを切り刻んできた俳句の道のりであったが、気が付けば、日本研ぎ文化振興協会なる活動に参与せねばならない、という事態が、必要不可欠にも発生した。
(※ある時は、動画作成の為に、深夜の公園で、ライオンの遊具をグラビア撮影したりもした)
(※ある時は、ママチャリと向き合った)
(※ある時は、ワイパーに励まされた)

俳号が、「造林鎌」であるということは、「研ぐ」という行為そのものに、
人生をかけなけねばいけない、という使命を背負った事を意味するようである!?

一体、これはどういう事なのか?

造林鎌が、真の造林鎌であるためには、砥石を知らずして、その道を進むことは、到底不可能。

まさしく、車にとってのガソリンスタンドに匹敵する存在が、刃物にとっての砥石であり、
砥石を知る事が、自分の命そのものを知る事にもつながる。

なんたることか。

なんちゅう俳号を、選択してしまったのか・・・・・・。

流浪の俳人、ホームセンター造林鎌は、かくして、日本研ぎ文化振興協会の門を叩く事になったのである。

早速、その協会の活動を知ってみよう。
http://www.togi-bunka.com/organization.html
http://www.toishi.jp/index.html

早速、砥石の本を購入し、お勉強がはじまった。
http://www.toishi.jp/books.html

ああ、これは一度、砥石のメッカである、京都府亀岡市へ訪問をせねばいけなくなった。

天然砥石館なる博物館も、今年オープンしたそうだ。
http://toishi-kan.info/

研ぎ文化振興協会の皆様は、料理人、大工、鍛冶屋、刃物屋、楽器屋さんなど様々な人種が縁あって集まっている。(匠ビレッジとは、これまたすごい名前だ)

これはきっと、俳人ホームセンター造林鎌も、鎌とナタの使い手として、この会の末席に参与せねばいけない招待状であると受け止めた。

砥石の聖地、京都府亀岡市。

これこそが、俳句を迷い進めた男が、向かうべくして向かう地点なのだろう。

「研ぐ」という行為は本来、とても歴史のある行為だが、戦後、電動工具などの機械の進歩によって、非日常的な行為になってしまった。

「感覚を研ぎ澄ます」「感性が研ぎ澄まされている」という日本語をそのまま物体化したものが、
天然砥石だとすれば、これは、本当にライフワークとして学び続けなけねばいけないぞ。

今日も山に入り、鎌とナタを振り回して帰ってきたところであるが、
自分の人生がこんなにも砥石に魅入られてしまう事になろうとは、たしかに思っても見なかった展開だ。

刃物と対を為す、石。
そこから、俳句の道を改めて学んでみようと思う。

「鏡面磨き」などという日本語は、その響き自体が魅惑的であり、虜にした人間を引き離さない魔力を持っている。

・研がねばならぬ、時ぞ今     造林鎌

この一句を添えた上で、彼ら、研ぎ文化振興協会の皆様の人生を、一つ一つ学んでいく事にした。

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