2018年4月13日金曜日

句会報39 気がつけば反省会

気がつけば反省会


気が付けば、歳月ばかりが経っていた。(独身のまま)
反省しよう。

ということで、ここ1、2年詠めた自句を振り返ってみる事になった。
(自句の中から、以下に列挙する33句を選出した。)

安い乾電池は液漏れし私を襲う
開店前なんかウロウロする大人
都合の良すぎる労働体 現る
冬将軍も、無口
花の相を見て笑う
無条件 無一物
マスクとヘルメットをした人間がナタとノコギリを振り回し密林で乱舞していると犬は吠える
信号で一生懸命走る人
雀の髪型になりたい
クビか?
慣れれば普通
頭の中がラーメン
一回で受け継ぐ
フロントガラスが、ミシッ!
とにかくミストだよミスト
セルフ店ならではのおこられ方
片づけても片づけてもゴミの山
ムヒアルファEXに依存せよ
雲の動きを見た時に逆らわないようにして立ち昇る
トラップではない。
試練だ
給油道
DIY宣言、行っきまーす!
正解は一つじゃない、こっちだ!
研ぐという行為は、ややもすれば、新品以上に、その個体の能力を高める事になる。それは、作り手の世界をも含めて、さらに全てを蘇生する力を持っているぞ。
狭い所を活用する、賢者です
何も失った事が無い桜だ
雨の中、雨には雨の風が吹く、懸垂ッ!
転生の誓い
風の音と一体
底から押す
いい花咲いてるぜ、出かけよう


以上、33句を振り返り、それらを吟味したところ、この中でどうしても捨てられない印象深い句は、転生の誓い、風の音と一体、の二句であるように思う。

「経験と未来」に続く言葉として、この、「転生の誓い」がある。
これは一体、何を意味しているのか?
そのままに解釈するならば、すなわちは、自由律俳句を詠むことによって、
ひとことで、その人の、過去と未来を浮き彫りにすることができる。
その人の、生まれ変わった初心の誓願である、転生の誓いを宣言することができる、という事になる。

俳句は、つまりは、ドラえもんの秘密道具のような可能性を秘めた、どこでもドアやタイムマシンのような、異次元の機能性をもった、優れた科学兵器として活用することができる。そのような内容を示した句のようである。
ジャンルにまとめるならば、四次元ポケット俳句とでも呼ぼうか?
「経験と未来」そして「転生の誓い」といった句は、その特徴をとらえる事ができる。


そして、今回そのあとに浮上してきた句が、「風の音と一体」である。

この一句、はたしてどんな心境か?
はて?さっぱり、これはさらにもう一段、難解な句である。
風の音と一体とは、まさに読んだままの心境そのものなのだが、
一体、何を指しているのだろうかと問われたならば、即答することができない。

風の音と一体、それは転じて、
水の音と一体
滝の音と一体
鐘の音と一体などへも、波紋し、輪唱していく事ができる。

この句の心境をほかの言葉で述べるならば、「ワープ?」そんな言葉にたどり着くのではあるまいかと、我ながら解析を進めてみた。

今、ここに居る自分が、もう一つの全く異なる自分を見つけ、出会い、
その心へとワープをした、その刹那を捉えた、一瞬間の句であると。

生物学的に申すならば、生き物が「脱皮」「変態」などを達成した際の句。
おまたじゃくしがカエルになり、セミがはじめて空を飛ぶ瞬間。
ホタルがついに、光り輝いた瞬間。
それこそが、「風の音と一体」。その句の胸のうちではあるまいか。

水が氷になり、またある時は、気体となり蒸発する。
雷は響き渡り、雪は溶けて地面へとしみこむ。
そのような、万物創生の瞬間へと話を広げていくことができる。

なぜ、この世の万物が創生されたのかについては、まったく解明はできないのだが、
それを現実の出来事として、実感した。それを直面できた人間の告白。
それを表している心境の句のようだ?

このジャンルの俳句。今後も続きが詠めるのかもしれない。
この心境の句は素晴らしいといえば素晴らしい世界の報告ではあるが、
正直に振り返ってみるならば、しかし、自己が全く違う生き物へと変貌を遂げてしまったという自覚もあり、本人としては気持ちよくもあり、またある意味、とても気持ちの悪い句でもある。

カエルになったばかりの、元おたまじゃくしは、これから、
カエルとは何かについて、知りたくなくても、いやでも知らざるを得ない環境に突き落とされてしまった事も意味している。

それは、本人の個人的な意思というよりも、神の啓示のような?
無意識化の中ですべて決定づけられてしまった、一種の宿命のようなものである。
自己が得体のしれない何かによって、コントロールされてしまうのではあるまいか?
そのような気持ち悪さも併せ持っている、複雑な感情。

それこそが、風の音と一体・・・

その時、風、そのものと出会ったのであるが、その風の正体とは、
ドッペルゲンガーのように、くっきりとした鏡面の世界。
一切の善悪をごまかすことなく、曇りなく鮮明に、麻酔の無い設定で、
全てがはっきりすぎるほど、見えてしまう恐怖感と向き合わざるを得なくなった。

自己がとてつもない善悪を兼ねて秘めた生き物であることを、曇りなく直視しなけねばならない宿命。

どうにもこうにも、気持ちの悪くなる話へと飛躍せざるを得ないのだが、
真実の世界を見ますか?という問いかけに、まどうことなく、イエスを選んだ瞬間、
その人は、「風の音と一体」になるようだ。

この度、記念すべき第一回尾崎放哉賞が開催されたばかりであるが、
その開催を祝っての花むけにそのような考察をしてみたくなった、今日この頃である。

鏡面の如く、真実がありのままに見えるのであれば、どのようにささいな出来事にも、
畏敬の念、つまりは恐れ多くも、尊敬の念を感じるはずである。

私は毎年、スズメバチという生き物を虐殺し、殺戮し続けている運命にあるのだが・・・、
そのような残虐な経験値も、また、風の音と一体と、ともにある。

どのような些細な物事にも、どんな小さな対象の存在に対しても、恐れ多く恐怖を感じる事は正しく、その恐怖感からその対象の本当の存在を知り、尊敬することができるというのが人間が人間であるがゆえの、賢さ、すばらしさ、成長なり進化の見せ所、という事になる。

さて、自由律俳句の会「棟梁」は、大工の頭でもある事を自称するものであるが、もしも自分が大工の頭であったならば、蟻を恐れ、雨を恐れ、雪を恐れ、地盤沈下を恐れ、
そう、この世はすべて、恐れ多いもので囲まれつくされている事に直面しなければならない。

そんなこんなで、悩みだすとどんな小さな事でも、悩み続けられてしまうのだが、
一番最近詠めた句としては、

いい花咲いてるぜ、出かけよう

などがある。

↓近景3句

底から押す
斬る前に手で触る
捨てる物から部品を抜き取る   造林鎌


※余談ではあるが、風の音と一体は、「時の音と一体」とも訳せる。
時の音と一体とは?はてな・・・、なんとなく、楽しそうな生き方ではあるまいか。

気が触れたような話そこに神を宿す   造林鎌

そんな句も詠めた。

気持ちが悪くなる真実と、正しく向き合うことは、たしかに、そのような世界を、印し示しているようである。

いい花咲いてるぜ、出かけよう。

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