2017年11月14日火曜日

句会報 第29回

句会棟梁では、気が付けば、なぜか?砥石を中心に俳句について考えるようになっていた。

気が付けば、京都府亀岡市へ旅行に行き、砥石職人へ会いに行き、
毎日、刃物と砥石ばかりを眺めて、人生の謎と向き合うという日常を送るようになっていた。
気が付けば、「コンビ鎌砥」と呼ばれる小型の砥石を常に携帯したくなり、
気が付けば、休みの日は、刃を研ぐことが趣味になった。

果てしなく仕事の量は増え続け、休みの日は、仕事の為に刃を研ぐ。

気が付けば、人生のスケジュールはすべて、仕事一色で染まり切ってしまうという事態が発生した。
ママチャリと砥石が友達ですと、キャプテン翼に報告すべきなのだろうか?
気が付けば、自由律俳句の世界ですることが無くなり、句会の今後についても、
将来性を見つけていくことが困難な状況になってきた。

気が付けば、刃を錆びさせないために、オリーブオイルを購入し、油を塗っているのが日課になった。

武士と農民の共通点として、刃物がある。砥石がある。

刃物と砥石を見つめている時ほど、自分の中に、
農民の血と、侍の血が流れている本能に気が付かされる瞬間はまたとない。

句会棟梁は、名前からして、そんな方針を進んでいくのがよいのだろう。

・名前から決めよう鎌倉幕府   造林鎌

形から入る、という入門方も世の中には存在するが、
名前から入る、という入門の仕方が、どうも、俳人ホームセンター造林鎌としての基準のようだ。

棟梁の語源を調べる。

棟梁(とうりょう)は、組織や仕事を束ねる、中心人物である。
棟(むね)と梁(はり)という、建物において重要な構造を譬えに用いた言葉。昔は、武士や僧侶の社会の筆頭格を指すことが多かった(例:将軍職は源氏の棟梁である)。現代社会では大工・石工の元締めや現場監督、現場代理人などを指すことが多く尊称として扱われる。単なる土木工事現場の現場監督などが棟梁と言われることはない。親方と類義語であるが、大工・石工以外の親方を棟梁と呼ぶことは少ない。

この国をどうしていきたいのか?
サシガネや、ノコギリ、砥石を使い、国を変えることを考えねばいけないのだろうか?

・いいくに作ろう鎌倉幕府

この名句を、人類ではじめに気が付いた人物は、生徒だったのか?教師だったのか?
それとも、受験と全く関係のない一般人だったのだろうか?
本来ただの語呂合わせであるはずの言葉だか、人生で最も目指していきたい素晴らしい心意気を示した言葉であるとは、事実は小説よりも奇なりといいたくなる。

・いいくに作ろう鎌倉幕府

これほどまでに、素晴らしい名句、心境には出会ったことが無い。

座右の銘は?と尋ねられたならば、

・いいくに作ろう鎌倉幕府

と、即答できるような人生を送りたい。

そのような句会報になった。

また、余談ではあるが、
気が付けば、句友から手紙がたくさん届くのだが、筆不精なため、返事を全く書いていない日常が蓄積もしている・・・・・・。

いい国を、作ろう。

2017年10月23日月曜日

砥石同好会の発足

砥石同好会の発足

名称:松江砥石同好会
主催:句会『棟梁』
場所:松江テルサ
日時:未定
参加費:500円
内容:砥石についての情報交換、研ぎ会など
行事:京都府亀岡市へ旅行して勉強会を開く予定

2017年10月12日木曜日

句会報 第28回

自由律俳句をはじめて9年になるが、
様々な俳人に出会い、様々な句会に参加をし、様々なボツ原稿も書き進めてきた。

この度、気が付くと私は、俳句の道を進めていく上で、
「社団法人 日本研ぎ文化振興協会」なる活動に参与せねばならない問題が浮上してきた。

ある時は、検察審査会に出席し、ある時は山村に潜り、ナタを振り回しツタを切り刻んできた俳句の道のりであったが、気が付けば、日本研ぎ文化振興協会なる活動に参与せねばならない、という事態が、必要不可欠にも発生した。
(※ある時は、動画作成の為に、深夜の公園で、ライオンの遊具をグラビア撮影したりもした)
(※ある時は、ママチャリと向き合った)
(※ある時は、ワイパーに励まされた)

俳号が、「造林鎌」であるということは、「研ぐ」という行為そのものに、
人生をかけなけねばいけない、という使命を背負った事を意味するようである!?

一体、これはどういう事なのか?

造林鎌が、真の造林鎌であるためには、砥石を知らずして、その道を進むことは、到底不可能。

まさしく、車にとってのガソリンスタンドに匹敵する存在が、刃物にとっての砥石であり、
砥石を知る事が、自分の命そのものを知る事にもつながる。

なんたることか。

なんちゅう俳号を、選択してしまったのか・・・・・・。

流浪の俳人、ホームセンター造林鎌は、かくして、日本研ぎ文化振興協会の門を叩く事になったのである。

早速、その協会の活動を知ってみよう。
http://www.togi-bunka.com/organization.html
http://www.toishi.jp/index.html

早速、砥石の本を購入し、お勉強がはじまった。
http://www.toishi.jp/books.html

ああ、これは一度、砥石のメッカである、京都府亀岡市へ訪問をせねばいけなくなった。

天然砥石館なる博物館も、今年オープンしたそうだ。
http://toishi-kan.info/

研ぎ文化振興協会の皆様は、料理人、大工、鍛冶屋、刃物屋、楽器屋さんなど様々な人種が縁あって集まっている。(匠ビレッジとは、これまたすごい名前だ)

これはきっと、俳人ホームセンター造林鎌も、鎌とナタの使い手として、この会の末席に参与せねばいけない招待状であると受け止めた。

砥石の聖地、京都府亀岡市。

これこそが、俳句を迷い進めた男が、向かうべくして向かう地点なのだろう。

「研ぐ」という行為は本来、とても歴史のある行為だが、戦後、電動工具などの機械の進歩によって、非日常的な行為になってしまった。

「感覚を研ぎ澄ます」「感性が研ぎ澄まされている」という日本語をそのまま物体化したものが、
天然砥石だとすれば、これは、本当にライフワークとして学び続けなけねばいけないぞ。

今日も山に入り、鎌とナタを振り回して帰ってきたところであるが、
自分の人生がこんなにも砥石に魅入られてしまう事になろうとは、たしかに思っても見なかった展開だ。

刃物と対を為す、石。
そこから、俳句の道を改めて学んでみようと思う。

「鏡面磨き」などという日本語は、その響き自体が魅惑的であり、虜にした人間を引き離さない魔力を持っている。

・研がねばならぬ、時ぞ今     造林鎌

この一句を添えた上で、彼ら、研ぎ文化振興協会の皆様の人生を、一つ一つ学んでいく事にした。

2017年10月11日水曜日

句会報 第27回

ソケイ丼のレシピについて

今回は、句会棟梁のまかない飯と噂されている、ソケイ丼なる料理について向き合ってみようと思う。

何気なしに作り始め、何気なしにはまってしまった世にも奇妙な食べ物ではあるが、
上京して一人暮らしをする事になってしまった若者などにとっては、微妙に参考になる特集になるのではないかと思う。

以下、作り方の概略を記述する。


材料

・白米・・・・・・・・・大盛り
・ひきわり納豆・・・・・1パック
・ちりめんじゃこ・・・・適量
・生卵・・・・・・・・・1個
・こいくち醤油・・・・・適量
・板ワカメのふりかけ・・適量


作り方

・上記の食材を白米の上に、綺麗に盛り付ければ完成。

ソケイ丼 完成図 (食べかけ)

 
※上記は、ネギも追加トッピング

この中で特に説明が必要なのは、板ワカメのふりかけについてであるが、板ワカメは島根県の特産品で、
地元では安く良質な物が手に入るので愛用しているが、もしも手に入らないようであれば、
普通の海苔を使い、粉々にして、ふりかけにしてもよい。
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%9D%BF%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%81%E3%80%80%E5%B3%B6%E6%A0%B9&source=univ&tbm=shop&tbo=u&sa=X&ved=0ahUKEwi8rs26wejWAhWKy7wKHTVvBNoQsxgIKA&biw=1093&bih=474

また、白米を玄米に変えても良いし、ひきわり納豆を他の納豆に変えても良い。
とりあえず、これが、ソケイ丼と呼ばれる料理のベースのようだ。
この料理の特徴は、とにかく簡単に作れる事が最上の利点であると思われる。
作る工程として必要なのは、

・納豆をご飯に乗せる
・板ワカメを粉々に砕く


その程度の技術があれば、即座に作れる。

そして、うまい。

また、胃に優しい食材が多いので、次の日の体調がよくなるという総合的満足感を得られる一品である。

あとは、食材を選んでいけば、かなり安く作れることも可能かと思われる。

麻婆豆腐は、元々は、麻婆さんという人が作っていたからだとも言わるし、
ハヤシライスは、林さんが作ったからだとも聞く。

それに乗じて、偶然出来た、このソケイ丼なる食べ物も、
なぜか?大衆食堂の片隅に陳列してみたい衝動に襲われる今日である。

・ソケイ丼(400~500円)

とりあえず、まかない飯を作りましょう。

2017年10月7日土曜日

句会報 第26回

今回のテーマ 「難題句、問題句と向き合う」


広島県福山市での句会を終えたところではあるが、
気が付けばわたしは、ある運命的な問題句に出会う事になった。
今回は、自分自身が詠んだ句の中から極めて難解な物が発生した。
それはズバリ、「おこられて、ポカリスエット」という一句である。

・おこられて、ポカリスエット  造林鎌

はたしてこの一句?どんな心境で汲み取るのが正しいと言える代物なのか???
話を遡るに、ちょうど今から1年前くらいに「おこられMAP」なる一句が詠めて困惑した事があった。
それ以降、様々なおこられ俳句というジャンルの句が詠める事になった。

・常連客ならではのおこられ方
・セルフ店ならではのおこられ方
・おこられポイント
・おこられ頭
・おこられミサイル


どれもこれもひどい代物だが、おこられ続けた集大成として、遂に、

・おこられて、ポカリスエット

という新境地に至る事ができた。
ここで言う「ポカリスエット」とは、いかなる出来事を指している言葉なのだろうか?
もちろん、あの、かの有名なスポーツドリンクであると断言したいところなのだが、
そこは、なぜか、それだけだとは言えなくなる複雑な味わいがある。

おこられて、・・・・・慰めに清涼飲料水を飲んだということか?
おこられて、・・・ポカリスエットが急に欲しくなったということか?

おこられて、ポカリスエット。

おこられて・・・・、ポカリ

さて、ここで、視点を変えて、人間がおこっている時の俳句についても、振り返ってみよう。
憤慨俳句、というジャンルが存在する。

・カギをなくしては憤慨
・店で迷っては憤慨
・ポストが入れづらく憤慨


とてつもなく激しい人間のいかり。いかり。怒りまくっている。
そのあげくに、被害者がどのような心境になるのかというと?

・おこられて、ポカリスエット

なのだという、一説が誕生した。
この一句については、もちろん謎がまだまださらに浮上するところではあるが、
ほかにも、気になった問題句を色々と振り返ってみよう。

・禁おなら   造林鎌

半年前くらいに詠めた句なのだが、これもかなり難解な句であった。
禁酒禁煙は、健康のため、やむを得ない選択も人生に発生するのだろうが、
禁おならに関しては、むしろ、健康の為には、それを禁じないほうがよいという
なんとも難しい問題が発生してしまうのだ。

健康の為には、おならは禁じないほうがよい。
だが、人類は時として、禁おならという、苦渋の決断を強いられる事がある。
背水の陣ともいえる、自らを最もストイックな環境に陥れてしまう体制こそ、禁おならなのだ。
禁おならを徹底して行える人間は、尊大にして、ため続ける。
禁じれば禁じるほど、そのおならは、より、未来に向けて見えない力を発揮することになる。
ミサイルを禁じる事が国際問題になっている昨今ではあるが、それらも踏まえ、
おならを禁じるか禁じないかの国境をどこに設けるのかも、家族や友人と慎重に話し合っておくべきだと思う。

・あせも100%    造林鎌

つい一ヶ月前には、こんな問題句も詠めたのだが・・・、
いや、そろそろ自粛したほうがよさそうだ。

もちろん問題句であることには代わりないが、
そろそろ自粛しなけねば、色んな意味でまずい(おこられる)気がしたため、ここでお開きにする事にした。

おこられる前に・・・・、ポカリスエット。

2017年9月20日水曜日

句会報 第25回

https://www.youtube.com/watch?v=XhIFK4P_5J4&feature=youtu.be

久々に、自由律俳句TVの放送となります。

自由律俳句TV5。
なんとも言えない動画になっております。

2017年8月17日木曜日

句会報 第24回

今回はいよいよ、出雲地方で唯一出会えた自由律俳人、星野光範さんを特集してみようと思う。

やっと、それを実行するための気力が備わったところである。

星野さんと私が出会えたのは、とある島根県内の某店舗であり、
お店のマスターが自由律俳句のイベントを企画してくれたおかげで、知り合う事ができた。マスターにも感謝。

年齢は、私よりやや年上だが、ほぼ同年代と言ってもよい。

早速ではあるが、その句の特徴については、「ミステリー」の一言につきると思う。
句の全体が、ミステリー、謎を追求する事に終始している俳人。

かなり個性的な人物と思われる。

さあ、星野光範氏を紹介せよ!




●一番最初に目に止まった句

星野さんが過去に今まで詠んだという句を、出会ったその日に預かり、個人的にコピーして手元に資料として入手をする事ができたのだが、その中でも、一番最初にインパクトを感じたのが、

・皆正しいから蛇の舌はちろちろ割れる

である。

現在お仕事で、褌のデザインを作成しておられるという光範氏。

そして、この蛇の舌の形について着眼している感性は、
どうにも、読んだ読者の目が点になる感覚に襲われる。
我々は、哺乳類だが、哺乳類が正しいと思っていることを、
ヘビという種族の生き物に、見透かされてしまって、
すっかり、手玉にとられてしまっているのではないか?という心境に襲われる。

蛇の舌が割れている不思議、なぜ、舌が割れているのか?

その舌は、我々の事をどう思っているのか?その舌で、一体何を述べるつもりなのか?

本人にこの句がよかった事を告げると、「斜に構えた目線」であると、自覚しているのだという。
この句もそうだが、たしかに、星野さんの句は、物事を斜めからとらえた句が多い事に気づかされる。

150句ばかりいただいた原稿の中から、個人的に気になった物を列挙してみよう。

・おばはんが食べて糞して屁をこいておならも鳴らす米国人
・自由とはもっと自由なはずなのに皆クロールで自由形やる
・にっこりと花を摘んでわたしはやはり人間嫌いなのです
・使い切れない鉛筆、命に等しい
・気高く美しいことがなぜオオイヌノフグリなのだろう
・夕空にこうもりの群れ、秩序ある無軌道
・一度も嗤われたことがない胡蝶蘭
・冷凍マグロのようにゴム長で蹴飛ばされる
・風吹けば桶屋が儲かるその続きの話知りたい
・ハンカチ持たない男子の正義
・うまかったけど血の味がした
・散々な目に遭ったよとうれしそうな顔
・いつも通りという窮地
・何をやっても面白くないという平和
・誰にとって安全日
・これはペンですと何度も絶叫すれば通じる
・蠅は一週間も私の部屋で何がしたいのだろう
・西瓜をノックして誰もいないことを確認
・あなたはいつか必ず死ぬでしょうと真剣な占い師
・ぼくはゴッホより幸せでありたい
・予告編がピーク
・桃をむさぼる
・夭折は命尽きただけのこと
・平和記念公園で生まれて初めてホームレスを見たのを思い出す
・ジャングルジムの奥にはもう入れない
・ビートルズを全部手放す
・みみずをつまんで英雄
・おネエはすぐ泣く
・ぜんぶ覚えてる
・奥にはだいたい何もない
・幸せと不幸が表裏ならばモグラ叩きの数が合わない
・きんたまを舐める仔猫の愛らしさ天使はだいたい両性具有
・墓の下には仮面
・あばら骨の数だけ無念
・それよりも巻き爪が痛い

トンネルのように奥までずっと続く、謎、謎、謎の連続であると言える。

一貫して、孤独を感じさせる句が多い。

多数派ではなくて、少数派の意見に立つことが多く、それゆえに、何事に対しても考えすぎてしまう立場に立たされる。

星野さんの悩みは、考えないですむ人たちと一緒に居る時に感じる、不条理な疑問を、口に出して言う訳にはいかない状況に立たされている為に、そのモヤモヤが消化不良として体内にずっと残っていた。

そのモヤモヤを述べる一つの手段が、句であるように思われる。
冷徹な出来事について述べている句が多い。

「冷徹」を辞書で引くと、「冷徹」とは、
感傷的にならず、冷静に、物事の根本までを鋭く見抜いている様、とある。
うーん、そのとおり。

特に

・冷凍マグロのようにゴム長で蹴飛ばされる
・誰にとって安全日

など、
星野さんの句には、一貫して冷徹な厳しさがある。

安易に心地よい環境に身をおかず、現実として、最終的にそうなるのではないかという、物事の根源的な部分を見つめようとしている姿勢が見受けられる。

二人でその後、鍋パーティーを開催したところ、

・句会ならではの残尿感   祖啓

という句が詠めた。

これは、お互いが多弁ではなく、無口な性格が募って、そのような空気感が発生した。

星野氏はビールがお好きなようだ。
また、最終的にこの日の思い出は、

・褌の龍   祖啓

という一句になった。

星野さんは、褌のデザインに龍を起用しようとしていた。

常に考え続け、深刻に悩んでいく姿勢が多い星野さんだが、

・桃をむさぼる
・予告編がピーク

などは、完結に人間の本能、衝動をとらえた、極めてシンプルな句であると言える。

星野さんの句にはどちらかというと、人間、動物、社会といった出来事が多いのも特徴であると思う。

セピア色な色調で、それらが淡々と描写されていく。

せっかく出会えた、島根県内の自由律俳人と、今後は、バーベキューや花火大会など開催すべきか?微妙に悩んでいるこの頃ではあるが、ひとまずは、今回の原稿を終わらせていただく。

※原稿を掲載するにあたって、再度、星野さんと呑みに行き、謎の親交が深まった。
居酒屋で酒を呑み、最後には、エビの天ぷらを割り箸でつまみあげ、
空中で踊らせたあと、しばし沈黙し、迷ったあげく、最後にはそのエビを食べたという噂である。            おわり