悪い癖、悪い習慣を改める事は、新しく何かを覚える事よりも難しい。
悪い癖は自分自身に染みついた実力であり、現実。本性と言ってもよいのに対し、新しく挑戦している物事は、はたして本当に身に着くかも分からぬ、夢、理想である。
ややもすれば、理想ばかりを追いがちで、現実を見失う。
悪い癖と知りながら直せない要素を変える為に、自分自身に自動トラップ等を仕掛けるべきか?悪い癖の直接の原因になっている道具を、それごと、廃棄すべきか?
そこまで意識しても、悪い習慣は治らず、永遠と繰り返されるものである。
一つの良い方法としては、悪い習慣と見た目はよく似た、毒素の少し少ない物にすり替えていくという作戦が効果的かもしれない。全てを全否定して禁止したらストレスがたまる一方なので、その悪い習慣と見た目はソックリなニセモノを何種類かお試しで用意しておき、少しずつ、毒素を減らしていくという方法である。
そこまでしても、やはり、悪い習慣は全消滅するという事はおそらく無いであろう。
老化した事がきっかけで、癖が出るし、元気で好調で浮かれ過ぎた拍子に癖が出るし、
一人でいても癖が出るし、人が大勢いる事が引き金でも癖が出る。
その癖とやらに、あだ名をつけて射的ゲームなどを行うべきか?
「心のいたちごっこ」
試しにそう名づけ、射的をはじめることにした。
何度撃っても、全く当たらぬ。その名は、いたちごっこ。
悪い癖と呼ぶと、善悪ばかりが基準になってしまい、誰の方が偉いかばかりに人間は興味をもちがちだが、いたちごっこと定義してそれを見れば、なんとかして、フリーにその質の悪さも許容できるものであるかもしれない。
そのイタチとの距離感は?自分の慎重の2等身半。そのくらいだろうか。
イタチは、ずっと、こっちを見ている。追うと逃げ、またこっちを見てくる。
イタチごっこだ。
悪い癖は、しっぽだけでも、かすりとりたい。
イタチは、ずっと、こっちを見ている。